水俣1週間の2

まず火曜 水俣病資料館に行ってきました
そして慰霊碑も


水俣病資料館』は相思社 考証館とはまた少し違う視点でいろいろな展示をされています
基本的なことから、現在 今後についても


中でも印象的だったのは、「緒方さん」という方のチッソ前での座り込みの話など
被害者 加害者 家族 などそれぞれへのメッセージをチッソ正門前で筆で書いて掲げ 道行く人 チッソ社員 仲間 動物(猫)など話をしながらさまざまなことを感じたと書いてらっしゃいました


また水俣は過去から学び また違う形で 今後 未来  先に進んでいく
被害者 加害者 そういったことだけでなく、加害者もただ一方的にどうこうということではなく『チッソはわたしだった』という言葉からもわかるように、そのうえで これから、ここからどうするかということをやっていきたい いく   というようなことだという

もやい直し  その先へ




今 水俣の道の駅になっている場所 通称「エコパーク

その奥側  ちょうどこの碑があるあたり
ここは、その当時海に流れた水銀(泥)を海からできるだけ回収して、泥ごと埋めてできた埋立地だという

その中には汚染された魚介類も一緒に埋められていたり

ただパッと見ただけではわからないいろんなことがあります


その土地にいる気分 その上にいる気分 ちょっと一言では表せないでしょう




そしてこちらが「百間排水溝」



水銀が流れ出た 一番の場所  まがいもない直接的土地




今は普通の用水路になっていますが、当時はここの水路まで海で右側の今は公園になっているところも海であったり浅瀬だったそう


ここには当初何もなかったのですが、水俣病のことを忘れてはいけないという気持ちを持った方々が、市や県と話し合い お願いをして、百輭排水溝の説明パネルを立てさせてもらい
その横にはお地蔵様を置かせてもらっています

このお地蔵様も、建つまでにはかなりのお話があるのですが
お地蔵様になっている石 これは新潟水俣病の地である 新潟県阿賀野川から持ってきたもので、同じ水銀中毒による被害 同じ苦しみを持ったもの同士をつないでいる 意味のあるものだそうです




そんな水俣でも

金曜の夕方には金曜行動の音が響いておりますのです










そして今の水俣の海


とてもとてもきれいで澄んだ  不知火海


イメージ 考え 過去 現在
いろいろなことがあるけども


今の海はこんなに穏やかです