北九州 東北ガレキ受け入れ反対

日付:5月22〜24日(火〜木)
旅日数:家出て560日(広島など 280日,バイト 79日,大阪滞在 38日)
天気:晴れ 本日の移動:岩国市 現在地:広島
移動距離:車で 総移動距離:約5151.9キロ


 





22日の昼頃に現場に到着しまして、二泊向こうでして24日に北九州っから戻ってきました


22日は小倉駅から北西の方に行った「日明工場」に搬入があるということで向かう


まずボクがこれに参加するに至った理由は、たまたま偶然その時周りにいた人が北九州まで行く 一緒に乗せていってくれる ということで、足ができた。ありがたいことに行きはなんとかなる という、シンプルというかいい加減というか そんな理由


正直言って、自分の立ち位置でして 脱原発であることはそうではあるが、だからと言って強く反対の気持ちがあったというわけではない というのが自分の気持ちで
でも行こう と思ったのは、とにもかくにも 見なきゃ始まらない、行かなきゃ始まらないと思ったから
いきながらでも、行ってからでも なにもしないよりしてみてそこで生の情報が得られればそれだけでも一つだし 意味はあるだろうと
それで行きました


それから、行って一回り見てみて(反対、実行共に膠着状態のような)最初に思ったこと
僕はそこまで強く渦中に入れないかもしれないけれど、だとしたら見る 撮る 伝える事をするべきだろう ということ
そこから、しっかりカメラは手にして、何かあれば撮るようにしました



 


この日の模様はテレビなどでもかなり取り上げられていたかと思うのですが、力と力のぶつかり合いの様なところがあって
最終的には警察の数 権力 大きすぎる力によって押さえ込まれるような形になったと思います



行く前から思っていたことでもありますが、基本の基本にガレキを北九州に持って来て焼却する
その事事態は絶対的に防ぎたい そう思いました


それはなぜか、もともと千葉県民である自分がなぜか



まず石巻にも実際行った自分として
ガレキは街中から撤去する 必要性はあるのではないか、その必要性はあるだろう
それはボクもそう思います


そこでまず東北内でどうにかならないものか、どうにかすればいいだろう
それがまず最初に出てくるべきものだと思います


それは処分もですし、一時的保管もです
一時保管について(正式なデータではなく主観ですが)正直ある程度の場所、十分な場所はあるのではないかと思います
しかし、もう一年以上経ちますし
最終的に根本的にはガレキをなくすことっ必要であり、それは「いつか」ではなくて「今にでも」していくべきだと思います
それは基本はお偉いさんとも変わらないかもしれません



しかし「絆」「痛みの分かち合い」そういった言葉
それを全否定はしませんが、よく考えてほしいです


分かち合い まずそれは必要か その方法は適切か


ガレキの予想総数量が受け入れの話があったとに何分の一も減りました
これ事態も国のやり方(結果が先のような)や試算の甘さを批判する必要はあるでしょう


しかしここで我々が考えるべきは、放射性物質の付着の可能性があるものを
改めて考えてみて、ホントに東北(というか宮城や岩手、福島 またその周辺から)でなんとかできないかとうことではないかと
個人的には思うんだがなぁ



 





それから一つ
東北や関東から避難している方
安心して暮らせると思ていた九州
そこまでも放射能の心配 ストレスが追ってくる


そんなんは普通に考えておかしいだろうし よくないでしょう


『危機感が強すぎる人たちでしょー?』そう思っている人もいるでしょう
それは実際科学的にもそうは言えない状況だと思うし


そうかそうでないかとかでなくても、そう感じる
実際絶対的に被害・影響がある福島の地域 それがある そこから避難せざるえない人がいる
ストレスってやつはあ風評被害とかとも近い感じで、事実云々以前の問題として被害をもたらすものでもある



そこをちゃんと考えてほしい

そこを考えた上で 絆とか分かち合いとか考えてほしいな
と思うっす


ちなみにボクは実家が千葉で、そういうことに敏感な人からすると風向きや種々から考えて千葉らへんはもうだめ らしかったりします


でも、たぶんボクは当分は千葉に帰ったら千葉に住むと思います
それはもともとの時の人間であるということや、思い入れ 言葉では言い切れない部分やなんやいろいろありますが


そういう人に対しても


汚染などの心配、ストレス 気持ちの部分でもそういった事がない地域
それが日本にあるだけでも
もしも なんて考えたときに気持ち的に楽になるのではないかなと



それに、北九州の人からしてもわざわざ自分の地域に 汚染とか物騒な心配をしなくてもいいならしないでいいでしょう
それで、そういう心配ない場所を維持する それが支援とか助けいに繋がるなら
それがいいでしょう?




とちょっと感情的な文になってしまったですが


なんか↑のやつも 維持するのが支援とかそんなん綺麗事でしょ とか思うかもしれないけど
でも 絆とか分かち合い それも同じくらい
というか、もっと胡散臭いと思うんですがねぇ



 



そして23日
日明工場の焼却を防ぎたいのではありましたが、機動隊が完全封鎖でどうにもならず

午後は市役所へ弁護士さんを先頭に話を

結局市長さんは出てきませんでしたが、市役所職員 環境局と話をしてもらいました


そして新門司工場へ


夜からずっと工場入り口でねばる
24日

しかし、人数も少なく トラックの特定もイマイチできない中
焼却自体はどうしようもない

せめて気持ち 意見だけでもと、声をみながあげる

最後はレゲエ 音楽も交えて






この問題 北九州だけの問題じゃないっす
上でも書いたかもだけど、ここを許したら 前例を作ったら全国どこでも焼却できるでしょう
そうなったらホントに他人事じゃないでしょう?

ある程度の歳の人ならまだしも、子供がいる できる人たちには今一度考えてほしい
もちろん東北のことも

もっとやりようがるんじゃないか


たとえば
瓦礫を活かす森の長城プロジェクト:
http://www.youtube.com/watch?v=1xwb69eJf64


ここまで大きくなくても話し合いの余地はいろいろあるでしょう




ホントにホントに まず知る ボクもです
まずより知るだけからでも 意味があるはず

意識を 意識だけでも